光の回折(ひかりのかいせつ、英語: Diffraction)とは、光が障害物の端に到達した際、その陰に回り込んだり、狭い隙間を通過する際に、単に直進するだけでなく広がるように進む現象のことです。光は電磁波の一種であり、この回折現象は、光が波としての性質を持っていることを示す代表的な証拠の一つです。
回折の原理:ホイヘンスの原理
回折現象の根本的な原理は、17世紀にオランダの科学者クリスティアーン・ホイヘンスが提唱したホイヘンスの原理によって説明されます。
- ホイヘンスの原理: 波が進んでいる面(波面)上の各点が、それぞれ新たな小さな波(素元波)を発生させる波源として機能するという考え方です。これらの素元波が広がり、それらが重なり合ってできる包絡線が、次の瞬間の新しい波面を形成します。
この原理により、光が例えば狭いスリット(隙間)を通過する際、そのスリット内の各点が新たな光の波源となり、そこから光が四方八方に広がる現象、すなわち回折が起こることが説明されます。もし光がまっすぐ進むだけの粒子であれば、このような広がりは観察されません。
日常生活における回折の例
光の回折は、私たちの身の回りにある様々な現象で見られます。
- CDやDVD、ブルーレイディスクの虹色: これらのディスクの記録面には非常に細かな溝が刻まれており、これが回折格子として機能します。光がこの溝に当たると、波長(色)ごとに異なる方向に回折・分散され、虹色に見える現象が起こります。
- 霧や雲の周りに見える光の輪(光冠): 空気中の微細な水滴(霧や雲の粒)が太陽や月の光を回折させることで、光源の周囲にぼんやりと虹色の輪が見えることがあります。
- 細い物体の影の縁のぼやけ: 非常に細い物体(例: 髪の毛)に光を当てた際、その影の輪郭が完全にシャープにならず、わずかに光が回り込むようにぼやけて見えることがあります。
- 夜景の車のヘッドライトが十字に見える現象: カメラのレンズの絞り羽根や、人間の目のまつげなどが回折格子のように働き、点光源が十字や星状に見えることがあります。
回折と干渉
干渉(かんしょう、英語: Interference)とは、2つ以上の波が重なり合った結果、互いに強め合ったり(明るい部分)、弱め合ったり(暗い部分)する現象です。光の回折と干渉は密接に関連しており、多くの場合、これらは同時に起こります。
回折格子を通過した光は、それぞれのスリットから回折して広がります。これらの広がった光の波が重なり合うことで、特定の方向では光が強め合い、別の方向では弱め合うため、明暗の縞模様(干渉縞)が形成されます。この縞模様は、光の波長(色)によって見える位置が異なるため、光をスペクトルに分離することができます。
回折格子の利用
回折格子は、回折と干渉の原理を積極的に利用した光学素子であり、様々な分野で活用されています。
- 分光器: 物質が放出または吸収する光のスペクトルを分析するために用いられます。これにより、物質の組成を特定したり、光のエネルギーを測定したりすることが可能です。天文学では、遠い星の組成分析にも使われています。
- ホログラム: 光の干渉パターンを記録・再生することで、立体的な像を再現する技術に応用されています。
- 光学測定: 高精度な位置決めや変位測定など、様々な光学測定機器にも回折の原理が利用されています。
光の回折と干渉は、光の波としての性質を理解する上で不可欠な現象であり、現代の光学技術や科学研究において重要な役割を果たしています。